ベーからの手紙      

No.101. APR.7. 2004.


 
 元気ですか?
 今年もまた、西公園のお花見の季節がやって来ました。
 いつもの年と変わらない、赤と白のちょうちん。
 桜の木の下に広げられる、大きな青いシート。
 大勢の人間達、大騒ぎ。
 公園がいつもの姿に戻るまでは、離れた所からそっと見ています。

久しぶりに、昔のことを考えていました。
たくさんの仲間がいた訓練所。
夜遅く、仲間達と一緒にトラックの荷台に乗って出かけたドッグショー。
座席に座っていたのは、訓練士さんと、そしてパパとママ。
・・・そう言えば僕のパパとママは、訓練士でもないのに、どうして、
こんな風に休みの度にドッグショーや訓練競技会に出かけていたんだろう。

あの頃、僕達の訓練所では、本当にたくさんのセント・バーナードが過ごしていました。
北の雪国からも、西の暖かい地方からも、訓練のためやショーマナーを身につけるために、
みんな学校にやって来たんです。
この学校を最初に創った人、「おじいちゃん」は、日本が戦争をしていた時代は
東南アジアという外国で、軍用犬と呼ばれるシェパードを担当する軍人だったそうです。
80代の今はご隠居さんだけど、見上げるような体格、目の光は鋭く、犬への掛け声は
空気が震えるくらいに大きく、昔は、おじいちゃんが校庭へ現れると、
僕達犬も、若い訓練士さん達も、そろってピリピリと緊張したものでした。
この訓練所で生まれた僕を取り上げてくれたのは、おじいちゃんの息子さんです。
 「住み込みの徒弟制度が当たり前だった修行時代、朝から晩まで犬のために働き、
  あまりの空腹に、犬の食事用に乾燥させているパンの耳の山から少々失敬し、
  火であぶって食べて夜を過ごしたこともある。」
トラックの座席で、そんなことをパパとママに話してくれたりもしたそうです。

その人が、警察犬の訓練士になる修行をしながらも、どうしても惚れてしまった
もう1つの犬種がいました。
      セント・バーナード・・・。
日本のドッグショーにセント・バーナードが登場し始めた頃からの、古い古い付き合いです。
 「体の引き締まった、走りのかろやかなバーナードを作りたい。」
やがて訓練所には、シェパードやドーベルマン、ボクサー、エアデール・テリアなどの
警察犬に指定されている種類の犬達に混じって、セント・バーナードが少しずつ
入学するようになり、いつの頃からか、犬の世話をしてくれる訓練士さん達から
「バーナードの館」と皮肉っぽく言われるくらい、
校庭がセント・バーナードでいっぱいになるまで増えていきました。

 「俺がこの警察犬訓練所を創ったのは、セント・バーナードを育てるためじゃないぞ!!!」
とうとう、おじいちゃんのカミナリが落ちました。
そう、息子さんの正式な肩書きは、「公認 一等警察犬訓練士」。
でも、警察犬訓練士としての誇りとは別に、どうしても手がけてみたい犬種がいる。
      セント・バーナード・・・。
 「親父と俺は生き方が違うし、時代も違う。でも、親父には到底理解してもらえない。
  住み込みの若い弟子達の生活の面倒は、俺がみなくちゃならない・・。」
そうやっていろんな話をするようになった相手は、1頭のセント・バーナードを訓練所に
預けるためにやって来た、まだ若い夫婦でした。
その2人は、訓練の練習をするために、そして愛する自分達の犬に会うために、
日曜ごとに訓練所へ足を運びました。

                          話が長くなりそうだから、今日はここまで。
                          この続きは、またあとでね。
                             
                                                 Beethoven
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