ベーからの手紙      

No.102.APR .19. 2004.


 
 元気ですか?
 桜の西公園も、花が散ってだんだん静かになってきました。
 これからは、うちの裏の林の山桜がきれいになります。
 ミズバショウも、もうすぐ咲きそうです。
 


夜遅く、灯りに照らし出された訓練所の校庭で、4トントラックの荷台に次々とセットされる
ケージ(犬舎)。 用意ができると、「ハウス!」のかけ声と共に、若い訓練士さんに
手を貸してもらいながら、1頭ずつケージの中に乗りこみます。
出発にすっかり慣れた様子の貫禄あるオス、身軽にヒョイと飛び乗る小柄なメス、
初めてのトラックでの遠征が不安なのか、乗るのを嫌がるまだ若い仲間達。
日本のあちこちにセント・バーナード・クラブがあった頃、僕達セント・バーナードだけが
出場するドッグショーが、毎年どこかで開かれていました。
その日、パパとママは、僕達と一緒になって丸1日動き回りました。

きっかけは、訓練士さんのこんなひとことでした。
  「私と一緒に、ドッグショーに行ってみないか?」
訓練士としての仕事とは別に、いいセント・バーナードを作り出したい、というその人の夢と、
普段の仕事とは別に、犬の世界に足を踏み入れてみたい、というパパとママの気持ちが、
このひとことで1つになりました。
犬のプロとアマチュアの、珍道中の始まりです。

暗い高速道路をひた走り、シーンとしたドッグショーの広い会場で夜が明けるのを待つ。
朝早く、パパとママが、トラックの荷台にかけられた大きなシートをはずす。
目覚めと共に、我先に次々と声を上げる仲間達。
  「ここから出して! 僕が先だ!」
順番に1頭ずつ飛び下りて、朝の用を済ませる。
食事をしたら、しばらく休憩。
会場が人と車と犬でいっぱいになり、ショーの開始時間が近付くと、毛並みの手入れ、
立ち方や走り方、ターンの練習。 そして、いよいよ本番。
パパとママも上着を着替えて、審査員が待つリンクの中に入ります。

2人は、回りの人達から住み込みの訓練士さんに間違えられることも、時々あったみたいです。
訓練所の将来を任せた自分の長男と行動を共にする若い夫婦を、
おじいちゃんは苦々しく思っていたこともあるかもしれませんね。
ある日、おじいちゃんはこの2人に声をかけました。
  「私の家に食事にいらっしゃい。」
戦争をしていた時代の話、訓練所を創った終戦後の話、警察犬訓練士としての
実際の仕事の話・・。  そして、こう言いました。
  「アニ(兄・お子さん達の中の長男をこう呼んでいました。)を、よろしく頼みます。」

あれから長い時間が経って、あの頃のことを振り返った時、パパとママは、
ふとこう思ったそうです。
  「当たり前のことのように考えていたけれど、一緒に行動した中で、
   どれだけたくさんのことを教えてもらってきたんだろう。」
数十頭の大型犬が一斉に放されている訓練所の校庭で、お弟子さんと同じように
大きなチリ取りとスコップを手に犬達のフン取りをしたこともあるパパ。
相手がどの程度の奴かを見定めるために、たくさんの犬達は無言で新入りをグルリと
取り囲みます。
シェパード、ドーベルマン、セント・バーナード、コリー・秋田犬、ボクサー・・・。
  「武器を持たない人間は無力だ。 犬は、怖い。」
たくさんの鋭い視線が自分にじっと注がれ、パパは、「すくんで身動きができなかった。」
と言っています。
  「太らせちゃだめだ。 とにかく歩かせるんだ。
   足腰を鍛えるには、坂道を登らせるのが1番いい。」
あの頃、僕達の耳元で繰り返し言われていたことと全く同じことを、
今は、イタリアの友人達がメールで何度も伝えてきます。

  「真夜中に食べた、あの峠の店のモツ煮はおいしかったね。」
  「ショーの帰り道に立ち寄る温泉は、最高だ!」
さて・・、僕のパパとママは、プロでもないのに、どうして休みの度に訓練所のトラックに
乗り込んでいたんでしょう?

                                  今日はここまで、またね。
                          
                                                 Beethoven
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