ベーからの手紙      

No.104.MAY .27. 2004.


 元気ですか?
 ピンク色の花がいっぱいだった春が過ぎると、
 紫色の花の季節です。
 公園の藤の薄紫に始まって、今は家の回りには、
 ”都忘れ”の濃い紫、大きな緑の葉っぱに包まれた”紫ラン”。
 もうすぐ、カキツバタも咲く頃です。

なんかおかしい、と前から思ってはいたんです。
ヨハンが来た2年半前から。
でも家族みんな、ヨハンに馴じんでもらおうという気持ちが先で、
それ以上深くは考えてこなかったんです。
今になって、ようやく気づくなんて・・・。

ヨハンが我が家の家族になってまもなく、パパがこう言いました。
 「おい、こいつの頭、少しゆがんでるんじゃないか?」
 「ひどいこと言うわねぇ。そんなことないわよ。」
 「そうかぁ? 俺には、ゆがんで見えるけどなぁ。」
ヨハンの耳の付け根には、妙な骨の突起があります。
少しゆがんだようになっていて、触ってみると、左右の耳の形が微妙に違います。
 「なんだろう? 生まれつきかな。
  それとも、耳をつかんで思いっきりひねり上げるような虐待でも
  受けたのかな。」
そんな話を時々していましたが、ヨハンが家族の一員として溶けこむにつれ、
次第に気にならなくなっていました。
外を歩いている時、自分の後ろで突然大きな物音がしたり、
後ろから体をポンッと触られたりすると、異様な程の恐怖で身を硬くしていたのは、
家族になってから半年が経った頃でした。
 (「べーからの手紙」 No.63 をお読み下さい。)
でも、今ではそんなことは笑い話になるくらい、
見知らぬ人に突然後ろからお尻をたたかれても、
真後ろで自転車の急ブレーキの音がしても、いつもと変わらず、
愛想良くしっぽを振るヨハンです。

パパは、冗談っぽく、こう言ったことが何度かありました。
それは、からかい半分みたいな感じでした。
 「あいつ、耳が悪いんじゃないのか?
  こっちの声が聞こえてないんじゃないかと思いたくなるよ。
  大声で何度名前を呼んでも気づかなくて、
  俺が正面に立つと、ようやくハッとするんだぜ。」
まったくしょうがない奴だな、ヨハンは。
1度体を横にして目をつむると、声をかけてもピクリともしない。
体をたたかれると、あわてて顔をこちらへ向ける。
家族みんな、ため息をついて最近はあきらめていました。

ヨハンは、人間の声よりも先に、訓練の決まり事の動作に反応します。
それは、人間の手話みたいなものかもしれません。
たとえば、「座りなさい」は、人間が自分の左の太ももを左手で軽くたたきながら、
右手の人差し指をスッと斜め前へ出します。
座った状態から「立ちなさい」「歩き出すよ」は、再び左の太ももをたたいて合図。
「私から離れないで、左側について歩きなさい。」
これも、左の太ももをポンッ、で合図してくれます。
この動作を見て、そして飼い主の声を聞きながら、僕達は人がたくさん歩いている
道路を散歩します。
ヨハンは、声への反応はボーッとして遅いことがあるけど、
「手話」に対しては、きびきびとした動作を見せます。
 「気まぐれな奴だな、ヨハンは。」

これまで、ヨハンの耳そうじは、いつもママがしていました。
 「中が見えにくい耳。そうじしづらい。
  べーの耳はこんなじゃなかったのに。」
この頃、パパが耳そうじを担当するようになりました。
 「あれ? 変だな。 俺の指が太いのか? 中へ入らないぞ。
  いや、待てよ。 こっちは楽に入るのに、・・こっちは入らない。
  妙に狭いんだ。 左右の耳が違う。」
パパは、ヨハンをじっと見つめました。
 「おまえ、もしかすると、本当に聞こえが悪いのか?」
ヨハンに、いろんな方向から声をかけてみました。
全く聞こえないわけではないのです。
でも、聞こえにくいことがあるのは、どうやら本当みたいです。

家族と一緒にのんびり過ごしていくのには、幸い何の心配もなさそうです。
ヨハンは目で家族の動きを追って、素早く駆け寄って来ます。
今日も、家族の誰かがこう言います。
    「しょうがないやつ! ヨハンは。」

                                  今日はここまで、またね。
                          
                                                 Beethoven
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